ヒーローには自己犠牲的な行為がつきものだけど
自己犠牲ってどう?って考えてみる
自分はあまり好きではない……
というより、あれだけヒーローは自らを省みず人のために戦ってるのに
さらにそれを突き詰めなくてもいいのに、むしろヒーローは人より幸せや救いを得る権利があるはず、と思ってしまう
そこで自己犠牲を選べるからこそヒーローだってのもわかるんだけど
僅かでも自己犠牲をしないヒーローなんてごく少数だし
嫌ったところでどうしようもないなと思う
ディケイド版ブレイドみたいな名誉と昇進に拘る特撮が出てきてもおかしくはないけど世知辛い
アニメだけどタイバニみたいに企業の CM と視聴率のために
戦うサラリーマン・ヒーローってのは、視聴者側もちょっと
拗ねてないと成り立たないのかな
深夜アニメは中高生あたり (またはそれ以上 ?) がメイン
ターゲットになってきたけど特撮はまだまだ小学生未満から
低学年中心だしなぁ
ヒーローの一人に医者を配置することで主人公の持つ事故犠牲心の歪さに切り込んだオーズは特撮だと革新的だった
永夢「君の運命は僕が変えるから…」
飛彩「やめろ!永夢ー!」
大我「エグゼイド行くなー!」
もしこの予告通りだったらトゥルーエンディングは永夢が消滅、ないし人間やめて〆だったのだろうか
そもそもスレ主の考えている前提自体に問題があるように思う。
極端な話道楽でやっても、多額の報酬を要求しても、或いは会社や組織の命令で働いても、ある一定の結果さえ出せればヒーローたりえるし、逆に自ら何らかの犠牲を払っていたとしてもそれを理由にヒーローになれるというわけでもない。
確かに物語のヒーローは自ら(の幸せ)を省みず他人に尽くす描写は多いし、ライミ版スパイダーマン2みたいにある意味それを突き詰めた作品もある。
でも、結局傍から見て「自己犠牲に見える」ヒーローの行為が、そのヒーロー本人が「自己犠牲と思ってる」かどうかはまた別なのよね。
まあゴーストでいえばみんなタケルの復活願ったのに当のタケルが犠牲者の復活を優先してたのは流石に行きすぎな気もしたけど
結局生き返ったけど
その割に破壊された町の修復とかは人間はどんな状況でも立ち上がっていける云々みたいな
可能っぽいのにわざわざ放棄してて
お前は何様っつーかどこ目線で物言ってんだって感じなのがよく分らん
一見いい事言ってる風に見せて実は…って
アギトからずっと平成ライダーのお約束化してね?
井上作品なんかだと表ヅラは良くても内面腐ってる連中が定番で
彼らの言ってる事は最初から欺瞞だと視聴者にはわかる様に描かれてたけど
オーズの映司はそういうタイプとは別だったかと
自己犠牲という名の自爆装置なんだよ
平和な世界の維持のために最後は必要になるんだよ
5人の戦士に明日はいらない
もしもこの命さしだして君の夢守れるなら何も惜しくはないのさ
もしも命と引き換えに君の未来が叶うなら 何も何も惜しくはない
戦隊の歌詞にもチラホラ自己犠牲的な歌詞があるね
ヒーローとはこうあるべきってことなんだろうか
自己犠牲の最たる人はこれかな?
しまいには自分の存在も消えたわけだし…
ライダーって何だかんだ誰かに認められたり応援されたりしてたもんだけど
声援がほぼ無いどころか最終的に未来の嫁さんにすら忘れられるって見ててしんどかったなぁ
顔写真付きの飴配ってるデネブがギャグなのに悲痛で
自分を犠牲に皆の命を助ける
これができずに逃げたとしても誰も責める事はできないと思う
己の命を惜しむというのは大事な事だと思うし
仮面ライダーって変身して戦ってる地点でかなり自己犠牲してる気がする